Step! ZERO to ONE:「私たち」のファーストライブについて

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*これは2017年2月27日に書いた感想文です。もう一周年だなんて、早いですねぇ。

 

前回のラブライブ!サンシャイン!!

2017年2月25日、26日、Aqoursの1stライブ。

横浜アリーナにて、本当に素敵な景色を見てきました。

まずはライブのレベルが凄く高かった。単純に曲が良かった、振り付けが良かった、出演者が綺麗だった、とかそういうレベルの話ではなくて、全体的な完成度が素晴らしかったという話です。些細なところまで手を入れて高いクオリティーを見せ付けるその光景には感嘆するしかなかった。

だから「これが本当に1stライブだと言うのか・・・?」と思ったのですが、実はその通り、これは1stライブと言うにはちょっと曖昧なのです。

それもそう。言ってみれば今回のライブは「ラブライブ!」シリーズにおいて7番目のライブですからね。出演者以外にはほぼ変わってない。レベルが高いのも当たり前でしょう。前のライブで積み重ねた経験や、ファイナルなどで試していた実験的な要素が今回のライブでは完璧なくらいに反映されています。

これは凄いメリットである同時に、デメリットとしても機能すると思います。出演者の実力は十分なレベルで、合格点を超えていますが、しかし6年の経験を重ねてきた「出演者以外の要素」に追いつけるくらいではないのです。現実的に無理ですから。

例えるなら、レベル10のキャラがレベル100の装備を身につけているような。彼女たちの1stライブであるはずなのに、全体的に凄すぎてそう思えなかった。1stライブと言うよりは7thライブに近いと感じた。

もちろんレベルが高いというのは良いことです。私も満足しましたよ。じゃあ何が問題だというのか?もし誰かが私たちにこういう質問を投げるとしましょう。

「確かに良いライブだったけどさ、μ'sだったらもっと良いライブになったのでは?」

そんな疑問について私たちは、Aqoursはなんて答えるべきでしょうか。今日はそんな話をしてみたいと思います。

 

Aqours First LoveLive ~Step! ZERO to ONE~

このライブはどんなライブになるべきか。簡単に言えばAqoursだけが持つ何かを見せるライブです。決してμ'sの劣化コピーに過ぎない存在ではないと、彼女たち自身のアイデンティティを証明するべきである。

じゃあ実際に結果はどうだったか?

今回のライブではアニメとの同期化をメインにしています。これは分かりやすくて確実な方法ですね。前回のファイナルライブでも成功的でしたから。ライブ途中に入るアニメのダイジェスト。アニメのライブシーンを再現するセットリスト。

そしてクライマックスでは、13話の演劇パートからの「MIRAI TICKET」の流れをそのまま再現することで、13話でやっていた、作中の観客=現実のラブライバーの式を逆方向から導入します。作中の観客はAqoursの物語を目撃し、現実の観客も目撃する。10を叫び、会場を同じ色で染める。アニメではフィクションから現実に、でしたが、今回は現実からフィクションに接近します。

そうやって1stライブは現実とフィクションが重なっている状態を作り、フィクションで足りなかった部分を埋めることに成功しました。2期への布石としては十分です。そしてライブはそこで終わりました。アニメと同じく、0から1への一歩を踏み出すことで。

 良いです。素敵なライブでした。でもこれは最初に言ったとおり、7thライブという感じが強いです。これだけじゃ足りない。全部μ'sのときにやってたことをまたやってるだけじゃないですか。Aqoursの1stライブは普通に面白いライブで終わってはいけません。どうして?何かを見せてやると宣言したのは他でもなくAqoursだから。

「この凄さは果たしてAqoursのモノだと言えるのか?Aqoursである必要があるか?」

そんな疑問に対する答えを提示すると言ってましたから。

ファイナルライブの凄さはライブの「構成」にありました。でもそれを1stライブでったところで、もちろん今回も良い出来なのは確かですが、それでもやっぱりあの時みたいな感動は作れない。

しかもここに立っているのはμ'sではなくAqoursです。黒澤ダイヤの言うとおり、実力があるだけじゃ足りないです。なんか、何か違うアプローチが必要なんです。

ラブライブ!」の7thライブを「ラブライブ!サンシャイン!!」の1stライブに変えてくれる何か。Aqoursがやっと踏み出した一歩の向こうにあるものを提示してくれる何か。その足りないピースを埋めることに成功したのは、二人のメンバーでした。

 

想いよひとつになれ逢田梨香子の結実

TVAシリーズを通して見せてくれたμ'sの物語とAqoursの物語において、決定的な違い、分岐点があるとしたら、やっぱり桜内梨子という人物であります。前作とほぼ同じ流れで進む物語で、外部から来た転校生という設定通り、明らかにイレギュラーな動きをしている存在。

そのイレギュラーさについては一々書いてたらそれだけで記事がひとつ出来るくらいなので省略して、とにかく言いたいことは、梨子の特別さが「ラブライブ!サンシャイン!!」を完成していると言っても過言ではないということです。彼女が絡んだ物語では「ラブライブ!」で当たり前だったものが当たり前じゃなくなる。

 そしてその特別さの頂点にあるのはきっと11話の挿入曲「想いよひとつになれ」であるはずです。まだ加入してないならともかく、ほぼ最初からメンバーだったキャラが貴重なライブシーンに参加できないという、アイドル作品としてはとんでもない展開であるのに、オタクたちのヘイトを集めるところか優秀な「物語」として完成させることに成功した・・・想像も付かない展開でした。まさにこの作品だからこそ出来る何か。

梨子が核心である曲なのに梨子は歌わないとかやばいでしょ。

とにかくとても特別な曲ですが、今回のライブでも凄いサプライズと共に登場しました。誰もが「こんなのやってくれないかな?」と妄想しながらも、理性的には「そんなの無理でしょ」と思っていた演出。ピアノ経験が全然ないという素人が短い準備期間でこのレベルの曲を覚えて披露するとか、どう考えても無理だと思った。

どっかの小さな発表会じゃなくて、横浜アリーナという大きい舞台で、しかも初披露。練習期間は数ヶ月あるかどうか。ハードル高いなぁくらいで済む話ではないです。私だったら絶対にやらない。

しかし緊張で固まった状態でも一日目は無事完奏。これはただのサプライズではなく、とても意味深い演出だったと思います。ここでこれは無理って妥協したら結局「現実≠フィクション」で終わってしまう。ライブのメインであるアニメとの同期化が曖昧なことになるのです。だからライブの完成度のためのその努力はいくら褒めても足りないくらい。

ここまでなら頑張ったな、凄いな、くらいで終わってたのですが、二日目、失敗。

正直一日目でこうなっててもおかしくなかった。これはどう考えても無理な挑戦でしたから。彼女を責めることは出来ないと思う。そりゃ落ち着いて練習した通りやれば何とか出来るかも知れないけど、人間というのはいついかなる状況でも万全の状態を維持できるものではありません。

最初の失敗。この時点で練習量も難易度も意味をなくしました。似たような経験をしたことがある人なら分かると思いますが、普通に成功する実力はともかく、瞬間のミスを収拾できる技量というのは初心者が容易く手に入れられるものではありません。ただでさえプレッシャーが凄い瞬間なのに、その危うい状況でミスをしてしまったら、なんとかバランスを取っていたメンタルはそのまま爆発するしかない。

自分の努力だけならなく、みんなの努力さえも台無しにしてしまうという恐怖。罪悪感に溺れて、譜面を思い出すところか何も考えることが出来なくなる。舞台でのミスはそういうもの。その瞬間のキモチはそれを想像するだけで苦しくなるもので、彼女が口にした謝罪は見る者の呼吸さえ止めるくらいに重たいものでした。

このライブはそこで終わったと思いました。あ、もうダメだ、って。最初のタイミングでミスして、それをなんとか誤魔化せるチャンスさえ逃し、結局は折れて泣き出す。これは決して簡単に回復できるダメージではありません。少なくとも私はそうだったから。

こうなったら、次は最初より難しくなる。落ち着いてやっても緊張するものを、そして既に失敗しているものを、頭のキャパシティをあらゆるネガティブが埋め尽くした状態でやり直せだなんて。初心者には無理です。また失敗してもおかしくない。むしろ失敗しないなんておかしい状況。

誰かは止めるべきだと思いました。他のメンバーでも良いし、現場の権限を握っている責任者でもいい。ライブを中止し体制を持ち直してまたやるか、ダメなら諦めてスキップするのが合理的な判断であると思ったのです。

しかし誰も止めなかった。

メンバーたちと、その状況でGOサインを出した責任者は、続く失敗の可能性を、もちろん全然考えてなかったわけではないはずですが、それでもそんなに高くないと思っているようでした。また失敗したら本当に取り返しがつかなくなるのに。

特に印象的だったのは、逢田さんを抱きしめ大丈夫って言っていた鈴木さん。最初は大丈夫なんて言い出すのだから、失敗したけど大丈夫、そんなこともある、という、励ましの意味だと思いました。しかし彼女はこう続けたのです。 

「絶対に大丈夫」

絶対に。未知のものに対する保証。過ぎたことではなく、これから起きることに対する言葉。即ち、次は絶対に失敗しないという。みんなが凍りついたその瞬間、そんな言葉が言えるというのはどれだけ凄いことか。その短い一言がとても重く聞えました。

もしかしたらそこにいた皆が馬鹿だったのかも知れません。何の根拠もないくせに無謀な選択をしていたのかも知れない。でも確かなのは、その選択にはきっと逢田梨香子に対する信頼があったはずだということです。信じてなければ出来ない選択だし、言えない言葉ですよ、あれは。

続く展開は、ライブの一時中止ではなく、ファンの声援の中で、涙を堪えながらも、最後まで演奏しきって、震える指で最後の鍵盤を押すという、目を疑わせるドラマチックな光景。

正直、私は彼女を舐めていました。それまでの活動を見てて、逢田さんはなんていうか軽い人だな、悪く言えば、軽率な人だなという印象を持っていたので。しかも本番に弱そうな人だった。徹底的に準備しないと気が済まなくて、それでも緊張してしまう、そんなタイプ。それは今もあまり変わってないようですが。とにかく、普通の人、持たざる者としての印象が強かったのです。

だから感嘆するしかなかった。あんな状況で完奏に成功するなんて、その向こうにはどれだけたくさんの練習があったのでしょう。数分くらいしかないその短い時間で、メンバーと観客の応援だけでメンタルを取り戻し、最初とは比べにならない高さになってしまったハードルを超えるなんて、なんという精神力でしょうか。

「出来る人間」が成功するのはもちろん凄いけど、そんなに驚いたりはしない。しかし彼女は「出来る人間」ではありません。なのに、それでもやり遂げたのです。そんな人ではないはずだったから、持たざる者であるはずだから、予想すら出来なかったから、衝撃的だった。才能を持つ人ではなく、頑張る人間として、尊敬を抱くしかない姿でした。

そりゃ今回の事件はラブライブ!の7thライブ、プロの商売としては大失敗です。一日目で見せてくれた完璧さが崩れ落ちる瞬間でした。常識的に起きてはならない出来事。

しかしAqoursの1stライブとしてはどうでしたか?凄すぎるあまりにむしろピンと来ない1stライブ。最初から完璧に出来上がっていた仮面のせいで、一体その下には何があるのか分からない距離感。凄くて楽しいけど、特別な何かが見えない曖昧さ。

そういうのが全部消え去る瞬間でした。舞台に立っている人たちがどんな想いでそこにいるのか。そこに立つためにどれだけ努力してきたのか。その場所にいた全ての人たちが、どれだけお互いを大切にしているのか。このライブにどんな想いが込められているのか。言われなくても伝わってくる瞬間でした。

 まさに皆の想いがひとつになるその時、Aqoursが追求するものが何なのか、彼女たちの価値は何なのか、彼女たちの飾らない素顔がやっと光を浴びる瞬間のようでした。伊波杏樹の言うとおりに。

誰だってそんな経験があるはずです。生きる上で味わうことになる色んな大きさの失敗。それを乗り越えることが出来なかった苦い思い出。しかしAqoursは悲惨な失敗でおわるはずだった状況を逆転劇に塗り替えることが出来ました。完璧なのが逆に問題だったライブで、その完璧さが崩れ落ちた後に現れた奇跡。あまりにも遠く感じられた人たちが見せる人間らしい姿。それを見て感動するのも当たり前なのです。

 単純に「ラブライブ!」の新作だからではなく、Aqoursそのものに一票を入れるしかない、彼女たち自身の価値を証明するに十分な「何か」だったと思います。そのイレギュラーな奇跡の中心にいるのが他の誰でもなく桜内梨子役の逢田梨香子さんだというのは、なんていうか、凄い説得力がありました。本当に凄い人だという言葉しか出ません。惜しみない賛辞を送りたいと思います。

 

私たちの物語:高海千歌伊波杏樹

Aqoursのリーダー、伊波杏樹。初期の印象は、逢田さんとは違う意味で、あまり良く無かった。悪い人や嫌な人だと思ったって話ではなく、すごく危ういところがある人だなって。何かの強迫があるように見えたっていうか。

「私がリーダーだから。成功させなくては。皆を引っ張らなくては」 

そんなことを考えてるという雰囲気が凄く感じられる。想いが強すぎて、それがいつ爆発してもおかしくないような。自分をあまりにも追い詰めている。そしてそれが、他のメンバーたちとの関係でもなんとなく、時にははっきりと感じられる。

実際に彼女のインタビューを見ると、そういうプレッシャーに振り回されていたのは事実だったようです。それもそうでしょう。彼女だってラブライバーだったのです。普通のラブライバーがある日突然「ラブライブ!」シリーズのリーダーになったと考えると・・・平常心を持て、というのはさすがに過酷なことです。

そんな伊波さんでしたが、なんか少しずつ変わっているかと思ったら、今回のライブでは彼女自身の本当の価値を見せ付けることに成功していました。何よりも、ライブを本気で楽しんでいる様子が良かったです。以前にはあまりにも色んなものを抱え込んでいるせいで、ライブやイベントを楽しんでいるというよりは消化しているような雰囲気でしたから。しかし今回は違った。誰がどう見ても楽しそうだった。 

だからってリーダーとしての役割を投げ捨てたわけでもありません。むしろリーダーとしても、成長した姿を見せていました。メンバーとの関係も自然なことになっていた。特に二日目の「想いよひとつになれ」では、完璧なリーダーとして行動していました。問題が起きた瞬間すぐ逢田さんに駆けつける決断力。配慮心。あんな絶望的な状況でも、メンバーに対する信頼を持ち、笑顔で再挑戦へと導く。

何よりも、曲が終わったあと、それが明らかに失敗であったにもかかわらず、「これがライブでしょ、こんなこともあるから楽しい」って言えるというのが凄かった。失敗すらも楽しいことに出来るという。昔のあの伊波さんだったら絶対に言えないはずの言葉でした。単純にリーダーとしてそれっぽい慰めを口にしたわけではなく、本当に本人もライブが楽しいと思ったからこそ口に出来る言葉であるはずだし。

そんな変化は高海千歌のようですよね。天性が千歌だとか、キャラとキャストのシンクロとか、そんなことを言うつもりはありません。それは伊波さん本人が何度も否定した話ですから。それでもこの二人の成長が似ているのは、伊波さんが言ったとおり、千歌に大きく影響されたからでしょう。 

やっぱりラブライバーなんだな、と思います。彼女たちそのものが輝きであり偶像であったμ'sとは違います。あくまでも輝きを追いかける者。「ラブライブ!」が好きで、μ'sに憧れて、新しいことに挑戦する者。その挑戦とは人によって絵だったり、文章だったり、歌だったり、仕事だったり、旅だったり、ライブだったり。ただ伊波杏樹は、Aqoursは、その形が「ラブライブ!サンシャイン!!のキャスト」だっただけ。

そういう風に挑戦する人たちは本当に素敵ですよね。「ラブライブ!」が好きだった人なら誰もがそんなことを夢見ていたはずです。今は「ラブライブ!」で一部でありながらも、相変わらず「ラブライブ!」が大好きだと語る人たち。μ'sに抱いた憧れを、もしかしたら叶えてくれるかも知れない人たち。届かない星だったμ'sとは違って、Aqoursは「私たち」の一部として存在します。応援するしかないでしょう、そんなの。

作品に影響を受けながら、千歌に影響を受けながら、成長していく姿。 自分自身すら手に負えなかった人から、危機に迫ったライブを成功に導くリーダーになった伊波杏樹は、Aqoursアイデンティティそのものを証明している人だと思います。

「全部を楽しんで、みんなと進んでいきたい。それがきっと、輝くってことだと思う」

TVAの最後に、高海千歌はそう語りました。そして伊波杏樹もそういう考えに辿りついたように見えます。でもそれは彼女が「高海千歌の声優」だからではありません。高海千歌そのものだからではなく、高海千歌と一緒に歩んできた伊波杏樹だからこそ手に入れた結果です。

そしてそれは他のメンバーも同じです。小林さんと降幡さんに惹かれたのは、自分のキャラを完璧に演じていたからではなく、自分のキャラが大好きな気持ちが伝わってきたから。鈴木愛奈が凄いと思ったのは、鞠莉と似てる人だからではなく、本人の言うとおり鞠莉のおかげで成長したってことを証明したから。 

皮肉な話です。ライブの目的はキャラ=キャストを成立させることだったのにね。ピアノ演奏もそのためで。しかしその目的は失敗しました。出来すぎの仮面は剥がれ落ちて、姿を現したのはキャストの素顔。けれどそれはとても魅力的なものでした。完璧な演技者としての姿ではなく、私たちと同じものを追いかけるドリーマーとしての姿こそがオタクたちを魅了させたものです。単純なビジネスではなく、その向こうにある「本当」の姿こそが。

ラブライブ!」が大好きなラブライバーたちの物語。誰かのフォロワーとして始まった人たちの物語。私も輝きたいという、ひとつの想いを共有する人たちの物語。9人よりも多い人たちの物語。私はそれこそが「ラブライブ!サンシャイン!!」の、Aqoursの最後のピースだと思います。

今度こそ踏み出した最初の一歩。彼女たちはもう0ではありません。Aqoursはやっと彼女たち自身として認められることに成功しました。μ'sから受け継いだものを利用してではなく、彼女たち自身の力量をもって。私はこういうのが見たいと思っていたし、こういうのを見ることが出来て本当に良かったと思います。

1stライブを通してやっとひとつになれた私たち。今からは「僕たちだけの新世界」に向かう新たなステップを踏み出すことになるのでしょう。その向こうで待ってるのが果たして何なのか、今はとても楽しみです。

 
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