AqoursのZERO to ONEについて

前回のラブライブ!サンシャイン!!

これは2017年2月25日の午前1時50分に、某所に載せた記事です。1stライブの1日目が同日の夕方なので、本当にライブ直前だったということですね。偶然読み直したら結構面白く、劇場版がもうすぐ公開される今の状況とも通じる部分があったのでせっかくだしこのブログにも載せておくことにします。1stは大成功でしたが、劇場版はどうなるのでしょうね。

 

AqoursのZERO to ONEについて

Step! ZERO to ONE.

それは今のAqoursを象徴する曲名であり、今日開催される1stライブのタイトルでもあります。

そういえばこの前「既に売れているAqoursはどう見てもゼロではない。そのアニメと現実のギャップが気になって純粋に楽しめない」という内容の記事を読んだのですが、その記事自体の評価はともかく、この問題に関してはAqoursの味方に回るしかないと思います。

「現在地」だけで言うならば、確かにAqoursはゼロどころかイチすらも遥かに超えている状態です。そしてそれはアニメでも同じなんですよ。彼女たちは1stライブからして講堂を埋めることに成功しています。本当にゼロから始めてた高坂穂乃果が講堂を埋めることを大事な目標にしていたくらいだから、それこそ次元が違うのです。

でもその成果はどうやって手にしたものか?

黒澤ダイヤはこう語ります。これは今までのスクールアイドルの努力と、町の人たちの善意があっての成功だと。これは現実でも同じですよね。Aqoursが成功的に活動しているのは、μ'sが成し遂げたものを受け継いでる上に、既存のファンたちの好意と興味があったからこそ出来たもの。その指摘に対する高海千歌の答え通り、そういった現実は本人たちもよく知っています。

その成果はAqoursが自ら手にしたものではありません。それはつまり、その成功が必ずAqoursのものである必要もないということです。内浦みたいな環境ならともかく、今みたいな世の中では難しい。TOKYOには数多くのスクールアイドルが活動していて、彼女たちが持つ実力と経験はAqoursよりも優れています。現実でもそう。最近は数多くのアイドル作品が存在していて、素敵な作品も多いじゃないですか。

その中でわざわざAqoursに票をあげる理由ってあるのか?

μ'sはそれを成功的に提示していました。多くの優秀なライバルたちの中でわざわざμ'sを追いかける理由を。だからこそ成功し、だからこそ頂点に立つことが出来た。でもAqoursはまだ何も提示出来ていません。μ'sや他のアイドルではなくAqoursを好きになる理由があるのか?Aqoursだけが持つ何かってのがあるのか?μ'sのコピーではないと言い切れるのか?

ファンのほとんどがμ'sから来ている今の状況で、それは違うなんて一体誰が断言出来るのでしょうか。Aqoursはまだ実力も経験も自慢出来るレベルではありません。このアイドルの戦国時代、デビューから2年くらいの彼女たちはあまりにも後発ですからね。だからゼロ票だった。スクールアイドルに対する興味も善意もない人々の、Aqoursに対する純粋な評価はその程度なんです。

でも実は、そんなの普通に無視すればいいだけの問題です。前作の成果を受け継ぐのが何が悪いというのですか。そんなの普通にありふれてるじゃないですか。それすら出来ずに失敗し、前作に泥を塗る作品だって多いのが現実です。たくさんのμ'sファンから一部だけでも吸収出来ただけでも十分なはずです。今だって、ここまで売れている作品はそんなに多くないんだから。知らんぷりして、ここで満足しても良かったはずです。

例えば、1stライブで講堂を埋められなかったとか。TOKYOには行かなかったとか。μ'sの存在すら言及しないとか。むしろμ'sが直接Aqoursに席を譲るようにするとか。自分たちの力で手に入れた成功だと語るとか、そんなのどうでもいいと見て見ぬふりするとか。正統性のあるμ'sの後継であると主張するとか。方法はいくらでもありました。というかそのほうが安定的です。みんなやってるじゃないですか。

でもこの作品はそれをしなかった。わざわざ現実を認め、向き合うという、面倒くさい方法を選んだ。自分たちは何者か、どんな状況にあるか、明確に説明し、それを受け入れ、その先を見せてやると語りました。μ'sとは違う、自分たちだけの道を歩くと。

でもアニメが語ったのはそこまでです。結局Aqoursだけのアイデンティティとは何か、彼女たちが進むと主張した「僕たちだけの新世界」とは一体何なのか、という問題の答えは保留したのです。そしてその保留した答えを提示する役割は、今回の1stライブが背負っていると思います。

もちろん1stライブは楽しいはずです。というか、ライブは基本的に楽しいものなんですよ。ステージの上で素敵なアーティストが歌い、時には踊り、たくさんの人々が一体になって歓声を上げる、それがつまらないわけがない。

でもそれだけでは物足りないのです。それだけならわざわざAqoursのライブを見る必要がない。活動から1年ちょっと過ぎてるだけの新人グループより優れたアーティストはいくらでもある。ぶっちゃけ、それだけならμ'sの劣化コピーであるという汚名からは逃れないのです。「これならμ'sを続けたほうが良かったんじゃね?」なんて誰か言い出したら、なんて答えるべきでしょうか。ただ普通に楽しいだけのライブだったとしたら。

もちろん、だからってファンがいきなり離脱したりはしないし、この作品はこれからも売れるだろうし、何か問題でもあるのかと言えば別にそうでもないのですが、問題がないにも関わらずAqoursは何か特別なものを見せてやると宣言してしまった状態です。μ'sとは違う、自分たちだけの何かを見せてやると。

すごい度胸だと思います。想像力の足りない私としてはそれが一体何なのか想像すら出来ません。ほんと凄い宣言ではありますが、凄すぎるあまり「そんなの本当に出来るわけがないのでは?」という疑惑を抱かずにはいられないのです。ただでさえハードル高いのに、そのハードルの高さを自分たちで上げるとは。成功したら本当にクールだと語るしかない。失敗したらみっともないし。だから期待しながらも、心配だったり。

パンフレットのインタビューで、リーダーである伊波杏樹さんが「Aqoursの色や形というのは、1stライブが終わった時点で初めて見えるのではないか」という話をしていました。その通りです。その色や形が明かされる瞬間こそ、ゼロがイチになる瞬間になると思います。

μ'sの成果を受け継いだ後継者ではなく、何も持たない新人グループではなく、明確なアイデンティティを持つスクールアイドルAqoursとして、本当のファンを手に入れる瞬間になる。

でも、もしその色と形が特別なものでないのなら、μ'sと大して変わらないものなら、他のアイドルより優れてないものなら……大変失望すると思います。何か問題でもあるのかと言えば、別に、そうでもないのですが。

1stライブは果たして見知らぬ新世界へのチケットになるのか、それともしょうもない嘘を吐いていただけという暴露になるのか、やっぱり好きな作品だから前者に期待しつつ、しかし後者の可能性も否定できないまま、この目で確かめに行こうと思います。

 

続き

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